朝5時00分起床
気温華氏61度、16℃、このごろ4時ごろには東の空が白々としているのですが、5時ともなると明るいですね。この時期、思い出したように夏時間の導入が話題になりますね。特に沖縄では、これが県民あげての論議になります。導入にかんする県民アンケートが行われたときいたのは先月、毎年、同じ話題が出ます。
たぶん導入することに賛成なのは歳いった経営者たちではないだろうか。私みたいに早起きな人間は、日が高いのに寝ていられないと思うし、日が沈めば、巣へ帰っていくカラスのようなものだが、このごろの都会はネオンが明るいせいで、活動時間ものびている。大都会の明るさに惹かれてカラスの活動時間も延びて、それで巣に戻るのが遅くなったかどうかは知りません。しかし、人間は、限りなく動物から遠く離れようと理性するところで、生活を維持していますから、かならずや活動時間が延びるのは間違いないでしょう。おっと、そこまでかいてハタッと、思い出した。違う、それは違うよ。沖縄は、夏時間を導入しなくても夜の8時ごろまで明るいのだった。ということは、時計を早めても、経営者としてはなんら収益の向上が期待できるわけでもない。日が沈むのが夜の9時となっても、人の活動時間は変わらないからだ。変わるのは体内のリズムだけである。そのリズムの変更で経済効果を大きくもたらすのはなんだろうか。
夏時間の導入は、日の出に活動をはじめて、日の入りにねぐらに帰るというきわめて合理的な時間操作ではないか。夜の10時ごろから飲み屋が混みだす沖縄では、営業的には、さして影響ない。飲んだくれの出勤時間が早くなって、二日酔いか寝不足で働くだけだ。迷惑なはなしといえば、それくらいなものだ。生活のリズムを、太陽の運行とともに修正する、日の出に起床時間をあわせて、体内時間をリセットする。サラリーマンは終業後の時間が長くなりますね。ところが、この夏時間、サマータイムを全国規模で見ますと、北海道の経営者が積極的な導入を進めているようです。太陽が出ている昼間の15時間をふるに活用したいというのがその趣旨のようです。この制度、もともとは軍事目的に制定された省エネ策で、民間が消費するエネルギーを最小限にして資源を戦争にまわそうという発想のようだったそうですね。これに加えて、現代では就業後の余暇の時間が増えますのでその分を消費にまわすだろうという予測が加味されているのですが、もともと実施されたナチス・ドイツでは、勤労動員の時間を長くしようという意図だったようです。時間の管理は、人々の生活の隅々まで国が目を光らすことだったんですね。