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朝5時00分 起床
気温華氏 66度、17℃、朝は涼しいですね。昨夜、沖縄の新聞をめくっていましたら 歴史教科書問題をめぐる記事にかくれて「伊波普猷批判序説」の著者、伊佐眞一さん と比屋根照夫さんのアツイ論争がありましたね。 発端は、比屋根さんが「琉球新報」紙上で、同書の描く「普猷像」に疑問を呈したこと。 詳細は、新聞を見ていただくとして、比屋根の立場は、明確である。伊波普猷研究者と して、彼は<沖縄学の父>のイメージがひっくり返されることがお気に召さなかったらし い。伊佐は、戦時下にかかれた伊波普猷の戦意高揚の寄稿文を示し、ヤマト同化策の 推進者で戦争翼賛文化人の一人と断罪し、「沖縄学の病理的」な側面だとまでいいきる から、こちらも論は明快である。それで従来の進歩的で、デモクラットな<沖縄学の父> という伊波普猷のイメージは根底から崩されてしまった。 それに対し比屋根照夫さんは、時代的な制約のある表現活動を針小棒大に捉えるの は、どーかという立場から、戦後の民主主義的な活動をふくめた総括的な伊波像を提 示し、戦時中の体制翼賛に知識人として沈黙を守ることを許されなかった時代的な制約 を勘案すべきであると まあ、だいたいは、そんなところの論争。 伊佐眞一さんが見つけたという資料は、 米軍の沖縄本島上陸直後、1945年4月 3,4日の「東京新聞」に掲載された「決戦場・沖縄本島」という伊波普猷の「戦意高揚」 の文章。(内容は、割愛、どっかで探してみてね、笑い)それが発掘されたことによって、 (『琉球新報』5月21,23日掲載)沖縄学の父のイメージは衝撃的に、そうとう覆された ようです。比屋根照夫さんにして見れば、伊佐眞一さんの方法に問題があるのであって 沖縄戦に向けて伊波が書いたのは、「沖縄戦を支持せざるをえない」、「ぎりぎりの状況 に追い込まれた選択」だったからだという。方法的に問題のあるのは伊波の沖縄研究の 中にこそ潜んでいるというのが、伊佐眞一さんの鋭い指摘のようだ。 う~ん、 ま、「ちょぼちょぼ人間」には、この二人の学問的論争の詳細は、よく分かりませんが、 どちらの学者さんも<被抑圧者>という観点に<伊波普猷>ほど寄りそっていないという ことですね。島津の侵入以来の、そして廃藩置県後の<琉球国存在>の復権こそに、 伊波普猷の沖縄研究の主眼はあったんじゃないですかね。ニポンの近代化の中に、 知里真志保のアイヌ研究や伊波普猷の沖縄研究が打ちたてられてあることこそが 評価されるべきでは?と思いました。富国強兵、同化政策の中で祖先のアイデンテティ -の復権を探った人といいかえてもいいのでないか。 逆に言うと、ヤマトを異化する視点を残した人ですね。過剰に、平和主義者、民主主義 者とか、戦争体制の翼賛者とか、そう、決め付けることはないと思う。声なき民、虐げられ た人々へのまなざしがあったかい人間ではないですか。(笑い) その発見されたエッセ イを読むと。
by higatatsuo
| 2007-10-15 07:04
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